ジブリで中国語を学ぼう!

ジブリ映画の中国語吹き替えを聴いて中国語を勉強しています。

いろいろな「○不起来」

以前、可能補語の否定形について
書いたことがありました。

「動詞」と「方向補語」「結果補語」
の間に「不」を入れると
「〜できない」という不可能を表す表現です。
 ↓ ↓ ↓
可能補語の否定形

千と千尋」のセリフの中で
可能補語の否定形はたくさん使われていました。

今回は、前回紹介しきれなかった中で
「動詞」+「不」+「起来」の表現について
取り上げてみようと思います。
「〜不起来」という形はセリフの中でも
よく使われていました。

「起来」は方向補語で
上へ向かう動作を表すほか
「ばらばらのものが一つにまとまる」
「動作が始まり持続していくことを表す」
などの派生的な意味を表すこともあります。


まずは千尋のセリフです。
父母が豚になってこの世界でパニクっている時
鳥の湯婆婆が徘徊してるのをハクが見て
千尋に「走ろう!」と言った後です。

我站不起来,怎么办
wǒ zhàn bu qǐ lái   zěn me bàn 
あ・・・立てない、どうしよう

我没有力气了
wǒ méi yǒu lì qì le
力が入んない・・

「站不起来」の部分が
可能補語の否定形となります。
「站」は「立つ」という動詞です。
「起来」は方向補語で
まっすぐ上へ向かう動作を表しています。

「站起来」で「立ち上がる」という意味になり
動詞と補語の間に「不」を入れて
「站不起来」で「立ち上がれない」となります。


次はハクが千尋を豚の父母のところへ
連れて行ってあげた場面です。
湯婆婆が名前を奪う話をしているところです。

名字一旦被夺走
míng zi yī dàn bèi duó zǒu
名を奪われると

就再也找不到回家的路了
jiù zài yě zhǎo bu dào huí jiā de lù le
帰り道がわからなくなるんだよ

我到现在都想不起来自己的名字
wǒ dào xiàn zài dōu xiǎng bu qǐ lái zì jǐ de míng zi
私はどうしても思い出せないんだ

「想不起来」の部分。
「想」は「思う」という動詞で
これに「起来」がついて
「思い出す」という意味になります。
「不」が入ることで不可能を表し
「思い出せない」となります。

ここでの「想起来」は
「思い出す」の意味で使っていますが
ほかにも「考えだす」「思い起こす」のようなニュアンスで使うこともあるようです。
方向補語の「起来」は
「記憶が湧き出てきた」というイメージで
上向きの方向を表してるようにも解釈できるし
「バラバラの記憶がひとつにまとまった」
ということを表してるようにもとれますね。


次は番台の場面です。
千尋が札をもらいに行きますが
番台蛙に「手でこすれ」と言われて
断られたあとの千尋のセリフです。

可是・・那个・・
kě shì     nà gè    
でも・・あの・・

不用药浴刷不起来啊
bú yòng yào yù shuā bu qǐ lái a
薬湯じゃないとダメだそうです

「刷不起来」ですね。
「刷」は「こする」「磨く」という動詞です。
これに「起来」がついて
どういう意味になるんでしょうね。。
「磨き上げる」「磨き起こす」
っていう感じなのでしょうか。

セリフの中国語から推測すると
「薬湯を使わないと磨けない」
みたいなことを言いたいんだと思うのですが
あえて「起来」がついてるので
「動作が始まり持続する」
ことを表す「起来」を
「不」で不可能にしちゃって
「動作が始まれない」ことを表してるのかも
しれませんね。
そういうニュアンスを含めた「磨けない」
なのかもしれません。
(違ったらスミマセン。。)


最後はオクサレ様のトゲの場面です。

千尋他这边好像有一根刺
   tā zhè biān hǎo xiàng yǒu yī gēn cì
   ここにトゲみたいなのが刺さってるの

リン:刺?
   
   トゲ?

千尋太深了,拔不起来
   tài shēn le   bá bu qǐ lái
   深くて取れないの

「拔不起来」の部分です。
「拔」は「抜く」という動詞です。
ここでの「起来」は
シンプルに上方向を表していて
刺さっているトゲを
まっすぐ上に向かって引き抜くニュアンスを
含んだ「抜く」になります。
そこに「不」が入って「抜けない」となります。


「〜不起来」も
いろいろな使い方がありますね。
よく見かけるのはやっぱり
「想不起来」「站不起来」「拿不起来」
あたりですかね。

他にもこんな風に使われます。
提不起来 tí bu qǐ lái お話にならない
搞不起来 gǎo bu qǐ lái  (力不足で)できない 
抬不起来 tái bu qǐ lái 持ち上げられない

目的語が入る場所はこんな感じです。
抬不起头来 tái bu qǐ tóu lái 頭が上がらない

「起」と「来」のあいだに
目的語が入るんですね。
もうこうなっちゃうと訳が分からなくて
作文も聞き取りもパニクリそうな予感がします。